
豊臣秀長公の命による高取城改修と共に、壷阪寺は復興を遂げました。
以来400年以上にわたり、秀長公のご尊像は壷阪寺に安置され、大切に守り伝えられています。
大和郡山城に入城した豊臣秀長公の命により、家臣本多利久、本多俊政(利朝)により高取城の大改修が行われた際に、戦乱期に荒廃していた壷阪寺も一緒に復興された。その後、世は徳川の時代を迎えていましたが、二代高取藩主の本多政武の代に、高取城から裏鬼門の方角に位置する境内地に、鬼門除けの為、御堂が建立され、本多因幡守から名を取り、因幡堂と称された。
堂内には諸仏とともに、豊臣秀長公、初代高取藩主本多俊政公、二代高取藩主の本多政武公の尊像が安置されました。
平成に入り、因幡堂の老朽化に伴う解体修理の際、新しく灌頂堂として建立され、さらに平成20年に約三八〇年ぶりに秀長公像の解体修理が行われた際、体内より寛永七年(一六三〇)三月七日の墨書がみつかりました。
現在は、旧因幡堂である灌頂堂内に安置し壷阪寺では当時より約四百年の間、秀長公の尊像をお守りしています。

長谷寺、壷阪寺、春岳院は、それぞれに豊臣秀長公と強いご縁のあるお寺であり、特に実際に秀長公の御姿が見れる、肖像画、木像があるのは、奈良県内においてこの3ヶ寺のみとなります。そこで、県内に訪れた皆様に秀長公の御姿に対面し、いろいろな思いを馳せて頂きながら、ゆかりの地を巡っていただこうと思い3ヶ寺が連携し、「豊臣秀長公 思いを馳せる 大和三寺巡り」を開催させて頂く事となりました。
開催期間中は、各寺院にお祀りする尊影をもとにデザインした特製切絵朱印を製作し頒布致します。また、切絵朱印収集用の特製台紙も併せて販売させて頂き、3ヶ寺を巡ると裏面に満願印を押印させて頂きます。
- ■開催期間
- 令和8年1月5日(月)~令和9年1月31日(予定)
- ■特製切絵朱印
- (各寺所蔵) 豊臣秀長御尊影切絵朱印 志納金1,200円
- ■切絵朱印台紙
- 志納金 1部100円
3ヶ寺分を集めると台紙裏に特別満願印を押印


真言宗豊山派の総本山で、西国三十三所観音霊場の第八番札所。
2026年開山1300年を迎える。
天正16年(1588)に豊臣秀長公によって本堂が再建されたことから、大壇越(偉大な施主)として境内に供養塔が祀られている。
また、秀長公の書状や肖像画、奉納された釣灯篭が今も現存している。


西国三十三所第六番札所。大宝3年(703)創建。
豊臣秀長公の木像は、寛永7年(1630)に高取藩2代藩主本多政武公の時に制作された。平成20年、378年ぶりに解体修理を行った際に、体内より寛永7年3月7日の墨書きがみつかる。尊像は、高取城の鬼門除けに建立された因幡堂(現灌頂堂)に家臣本多俊政(利朝)、本多政武とともに約400年たった今も祀られている。


創建は鎌倉時代中期。大和大納言豊臣秀長公菩提寺。
豊臣秀長公の戒名「大光院殿前亜相春岳紹栄大居士」より春岳の名をいただき「春岳院」となる。
寺所蔵の肖像画は、秀長公二百回忌のため天明8年(1788)狩野派の画家、梅軒員信(ばいけんいんしん)により描かれたものといわれている(絹本着色)


